スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

あの日のこと 9



家にもっとも早く着くためには
水島ICで降りるのがベスト!

でも
水島ICから家までの間に花屋さんがない!

仕方ないから
岡山ICで降りて花屋さんを目指す


junkoは真っ白なトルコ桔梗が大好きなので
ぷぅの棺には
真っ白なトルコ桔梗を山のように詰め込もうと以前より心に決めていた

P&G
(08/12/25)

しか~し
1本200円(以上したような…)!?
全部ください!と言うはずだったのに
本数を数えながら買っちまったよ…

許せ!ぷぅちゃん


スポンサーサイト

あの日のこと 8




葬儀はあげてあげられないけど
火葬される前には
祭壇できちんと最後のお別れはさせてくれるとのことで
ちょっと安心

予約は入れたけど
例の荷物はちゃんと届いているのか
じぃじに確認しても
届いていないとのこと…

そろそろ着くはずなんだけど
明日までに届かないと意味ないよな…

せっかくぷぅのために買ったのに…

P&G
(08/11/20)

間に合わなかったら
段ボール箱やで…なんて考えながら家路を急いでいた





あの日のこと 7




車に乗ってからが忙しかった

火葬場に電話しなきゃ…
お花買わなくっちゃ…
頼んでおいた荷物はちゃんと来てるかしら

次から次へと浮かんでは涙と共に消え去り
全然事が前へ進んでくれない

高速でトンネルが多くて電波が悪くって電話が切れたり



それでも
火葬場はぷぅの生前から決めていたので
連絡が取れ
予約もできた

通夜の祭壇も貸し出してくれて
ドライアイスまで持ってきてくれることになった(有料だったが)

葬儀はどうしますかと聞かれ
ぷぅの最後くらいきちんと送ってあげたかったので
お願いはしたもののお寺さんの都合次第…

「読経してくれるお寺さん…何宗じゃろな?」

「何宗でもええやんか~」

「いや~うち一応浄土真宗じゃから 違う宗派じゃったいけんかもしれんじゃろ」

「じゃあ うちに来てくれてるお寺さんに読経頼む?」

「いや 火葬場と契約してるお寺さんじゃないといけんのんじゃろ」

なんて
訳の分からない会話をしながら
お寺さんの都合がつくかどうかの葬儀場からの電話を待っていた

「午後3時からならお寺さん空いてるらしいです」

・・・

P&G
(08/10/12)

午後からはとぉちゃんの用事があるのだ

ぷぅちゃん 許せ!

葬儀はなくなった…



あの日のこと 6



じぃじからの電話

無事に家に帰って
ぷぅが静かにお布団で寝てるとのこと
私が帰るまでの横にいてやってとお願いした



これからどうしよう…

P&G
(2010/4/25)

私は今姫路
それも
ニトリで買い物をしていたのだ

すぐに新幹線で岡山に戻っても2・3時間はゆうにかかる
主人の荷物がいっぱいで車では帰れない

苦渋の決断だった

ぷぅには申し訳ないけど
とりあえず買い物を済ませ荷物を運んで
急いで岡山に帰ろう
(こっぴどくじぃじには怒られましたが)


それからの時間の長いこと…

岡山へ向かう頃には夕方になっていた


あの日のこと 5




じぃじが泣いていた

駄目だったんだ

分かっているのに
「どうしたの?ぷぅはどうなったの?」

聞いている私がいる

「だめだった」

病院にいるから後で電話すると言ってじぃじは電話を切った

P&G
(10/4/5)

それからの記憶は定かでない

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のまま
私は姫路にいた





あの日のこと 4




午後1時過ぎ
携帯がなった…

おばばからだった
ぷぅの呼吸が弱くなっている気がすると

すぐに
かかりつけの病院に電話を入れると
たまたま先生がいらっしゃって
すぐ連れてきてくださいとおっしゃってくださった



午後1時半過ぎ
携帯がなった…

P&G
(11/9/12)

じぃじが泣いていた



あの日のこと 3




その時
私は姫路にいた
10日後に姫路に単身赴任が決まっていた主人の引っ越しの準備のために


ぷぅは変わりがなかった(ように思えた)ので
じぃじとおばばに留守を頼んで家を出た

最後の時になるなど夢にも思っていなかった
この日さえ乗り越えれば
後はずっと一緒にいてあげれると信じていた

P&G
(2009/3)

午後1時すぎ
携帯がなった…


あの日のこと 2




2011年10月1日

その日も普段と変わりなかった
ご飯の量は日に日に少なくなってきていたし
体温が上がらなくなってきているので
覚悟はしていた

P&G
(06/9/12)

その時はやってきた
しかし
私はぷぅを看取ってあげることができなかった

16年以上一緒にいたのに
いちばん大切な瞬間を共にしてあげることができなかった

私がぷぅに会ったのは
何時間も経って
ぷぅの体が冷たくそして固くなってきているときだった




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。