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あの日のこと 5




じぃじが泣いていた

駄目だったんだ

分かっているのに
「どうしたの?ぷぅはどうなったの?」

聞いている私がいる

「だめだった」

病院にいるから後で電話すると言ってじぃじは電話を切った

P&G
(10/4/5)

それからの記憶は定かでない

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のまま
私は姫路にいた





あの日のこと 4




午後1時過ぎ
携帯がなった…

おばばからだった
ぷぅの呼吸が弱くなっている気がすると

すぐに
かかりつけの病院に電話を入れると
たまたま先生がいらっしゃって
すぐ連れてきてくださいとおっしゃってくださった



午後1時半過ぎ
携帯がなった…

P&G
(11/9/12)

じぃじが泣いていた



あの日のこと 3




その時
私は姫路にいた
10日後に姫路に単身赴任が決まっていた主人の引っ越しの準備のために


ぷぅは変わりがなかった(ように思えた)ので
じぃじとおばばに留守を頼んで家を出た

最後の時になるなど夢にも思っていなかった
この日さえ乗り越えれば
後はずっと一緒にいてあげれると信じていた

P&G
(2009/3)

午後1時すぎ
携帯がなった…


あの日のこと 2




2011年10月1日

その日も普段と変わりなかった
ご飯の量は日に日に少なくなってきていたし
体温が上がらなくなってきているので
覚悟はしていた

P&G
(06/9/12)

その時はやってきた
しかし
私はぷぅを看取ってあげることができなかった

16年以上一緒にいたのに
いちばん大切な瞬間を共にしてあげることができなかった

私がぷぅに会ったのは
何時間も経って
ぷぅの体が冷たくそして固くなってきているときだった




あの日のこと 1




ぷぅがお空にお散歩に行っちゃって明日で1年になります
この1年間なかなかブログも開くことができず…

段々とあの日の記憶が薄れていってしまうのではという気持ちがいっぱいで

やっと
書こうと思うことができました
(ログインパスワードは忘れてました…えへへ)

P&G
(11/9/28 ご飯食べようね)

この写真の少し前から食べれなくなってはいたのです
それでもペースト状にしてシリンジで口の中に押し込んで
少しずつでも食べさせていました
1時間おきにごはんです
それでも元気な時の4分の1も食べてなかったでしょう

そして
ちょうどこの写真のころに
お世話になってる獣医さんから
もうそろそろかもしれないという宣告をされたのでした


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